巻頭言 法学部

夢いつまでも

もう二〇年も前の話になるが、平成五年一〇月から二年間、私は慶應義塾大学の通信教育部長を務めた。その折、四月の入学式で新入生に向けて話したのが、「夢いつまでも」という言葉だった。

当時は、塾の通信教育部は二万名を超える在籍者があり、私の在任中には年間で六〇〇名以上の諸君が学位記を手にしていた。まだ教室には冷房設備が完備しておらず、夏のスクーリングでは、少しでも多くの諸君が冷房教室で授業を受けられるよう、部長自ら大学当局と交渉していた時代である。

私は、昨平成二四年秋に、思いがけず紫綬褒章受章の栄に浴した。四〇年近くに及ぶ、専門の民法学研究の業績を評価していただけたものと思うが、私の仕事がその栄誉に値するのか、確信は持てない。ただその中で自信を持って言えるのは、私は内外の師と友人に人の何倍も恵まれたということと、研究者として常に初心を忘れず、節を曲げずにやってきたということである。

法学部
大学院法務研究科教授
池田 真朗

その経験から、通信教育課程の新入生の諸君に申し上げたい。大切なのは、人生に夢を持つこと。
そしてその夢に自分を賭けてみることである。よく、金メダルを取ったスポーツマンが、夢は必ずかなう、と言うが、実は人生にはかなう夢もあればかなわない夢もある。ただ、尊いのは、その夢の実現に自分自身を賭けて努力する、そのプロセスである。

通信教育で学位を取得することは、決してたやすいことではない。けれども、たゆまず努力すれば実現することでもある。では、そのたゆまぬ努力を可能にするのは何か。それは、何のために慶應義塾大学の通信教育課程に入学したのか、という君の「思い」である。就職のためでも、恋人を見返すためでも、それは何でもいい。ただその「思い」が君の人生とどう必然的に関わっているのかが、たぶん問題なのである。二〇年前の学生諸君と比べると、実は環境的には諸君のほうがずいぶん楽になっている。それでも、いやだからこそかもしれないが、簡単にくじける人も多いような気がしてならない。意欲を継続させるために、良い仲間をたくさん作り、刺激しあいながら学習を続けてほしい。

四月初め。三田山上には、東南に開けた一角に、石畳の坂道を覆うように桜の花が咲き誇る。学生時代から数えると、私はもう四〇年以上もこの景色を見続けている。けれども、毎年それを美しいと思い、毎年カメラを向けたくなる。なぜなら、桜も毎年一所懸命に咲いているのである。今年もこの満開の花を見られたのなら、人間も一所懸命に生きるべきである。そうやって、思いを新たに勉強を続けていけば、君にも、きっといいことがある。

「夢いつまでも」。私の一番好きな言葉を、君に贈りたい。