独学力-慶應通信から東大教授へ

独学力-慶應通信から東大教授へ

大学入学資格検定試験に合格し、慶應義塾大学通信教育課程を卒業、現在は東京大学の教授という卒業生がいらっしゃいます。
東京大学大学院経済学研究科教授 柳川範之さんです。
柳川さんにとって慶應通信での学びはどのようなものだったのか、振り返ってよかったと思うことは?
慶應義塾大学三田キャンパスにて、インタビューを行いました。

通信教育で出会った経済学の魅力

通信教育で出会った経済学の魅力

  • ― 柳川さんはご両親の転勤のため外国にいらしたので、高校は独学で修め、大学は通信教育課程を選択されたのですよね?

    柳川: はい。言語の関係で高校にはまったく行かなかったので、大検をとって慶應義塾大学の通信に入学しました。
    慶應通信を知ったのは、たしか、大検の受検案内に大学通信教育課程のリストが載っていたためではないかと。
    慶應義塾大学は伝統があり、活躍されている先生が多くいらっしゃるということで、せっかく勉強するなら慶應がいいかなと思いました。

  • ―なぜ経済学部を選ばれたのでしょう。

    柳川: 当時私は公認会計士の資格を取りたいと思っていたので、経済学や会計学が勉強できる学部を選びました。

  • ―しかし、勉強するうちに、研究者になろうと思われたのですね。

    柳川: はい。学部の勉強を進める一方で会計士の勉強でも経済学にふれていたのですが、だんだん面白いなと思いはじめて。
    好きな経済学を勉強して生活していけるなら、こんなにいいことはないと思って、大学院進学を決めました。

  • ―経済学のどんなところが魅力的だったのでしょうか?

    柳川: 世の中は複雑で、ニュースを見ていても分からないことが多いですよね。でも、シンプルなモデルと理論を使えば、複雑な経済の動きもスパッと説明ができて、簡単に理解できる。複雑なものを、苦労しながら簡単な形に解きほぐしていく時が面白く、達成感がありました。でも、経済学との出会いは最悪で。最初に読んだテキストは、1ページ目からまったく分かりませんでした。

  • ―ええっ。まさか、本学のテキストですか?

    柳川: いいえ(笑)。公認会計士の参考書に載っていたおすすめテキストを買って、読みはじめたのですが……。
    これでは会計士の試験は通らないし、経済学部の卒業も無理だなと思ったんです。でもいま振り返ると、最初はまったく分からなかったから、分かった時に魅力にはまったのかなと思います。

一番のよさは、自分のペースで学べること

一番のよさは、自分のペースで学べること

  • ―ところで柳川さんは、大学の通信教育課程でしかできない学びはあると思われますか?

    柳川: あると思いますね。一番のポイントは、自分のペースで学べるということだと思います。
    通学課程でも、本当は、ある程度工夫すればできると思います。けれども、通学課程だとカリキュラムも時間割も決まっているので、半年、一年で終わらせるべき内容を何年もかけていたら、落第してしまいます。授業も、出席できなかったり、定期試験を受けられなかったりしたら、初めからやり直しです。
    ですが通信教育の場合は、基本的には自分のペースで勉強時間を確保できるし、試験も自分のタイミングで受けられます。

  • ―時間がかかる科目はゆっくり勉強して、得意な科目はどんどん進めますね。

    柳川: そうですね。人によって、この部分はすぐ分かるけど、他の部分は時間がかかるということがあり、学ぶスピードは一定ではありません。でも、だからといって時間がかかる分野は不得意だとか、できないということも全くなくて。むしろ時間がかかったほうがしっかり理解ができて、その先高いレベルに進めることもある。だから本当は、個々の学生がそれぞれ向き合っている勉強内容に応じて、教える側も時間を調整するべきなんです。
    学ぶ側からすると、自分のペースで勉強できたほうがいい。通学課程でそのニーズに応えようとしてもなかなか難しいのですが、それができるのが通信教育だと思います。そんなことを考えて、学びについての社会の意識が変わっていくよう、政策提言も行っています。

  • ―政策提言というのはどのようなものですか?

    柳川: 日本は基本的に「単線型」社会だと思いませんか。基本的に皆が同じエスカレーターで上っていて、そのスピードについていけなかったり、何かの拍子にそこから反れてしまったりすると「落ちこぼれ」ということになってしまう。周りがそう思うだけではなく、本人も自分はだめだと思ってしまう、そういう傾向があると思うんです。
    でもそれって、単に自分のペースとみんなのペースが違っていたというだけですよね。それで「だからあいつはだめだ」とか、そういう話になるとすごくもったいない。もう少し「複線型」の仕組みを作らなくてはいけないと思っています。

  • ―なるほど。

    柳川: 会社に入ったけれど、もう一度大学に入りなおす、という人がもっといてもいい。転職を繰り返す人に対しても、自分に合う職を探して、適した場で活躍できるのであれば、それが評価される社会のほうがいいのではないかと。
    多様な学び方、働き方ができる社会に変えていこうと思うと、働き方に関する法律や、大学・教育機関に関する制度を変えていかなければならない。そのために論説を書いたり、政府の委員会で話したりしているんです。

通信教育だからこそ高められる学び

通信教育だからこそ高められる学び

  • ―素晴らしいですね。ちなみに通信教育課程は、いわゆる「単線型」のルートから反れているととらえる方もいらっしゃると思いますが、柳川さんは通信教育課程を卒業したことがデメリットだと感じたことはありますか?

    柳川: 私の場合は全くありません。むしろメリットになった部分のほうが大きいかもしれません。
    「どこの大学入試を突破したか」が重要なんだ、と思っている人は、社会での評価が気になるのかもしれません。でも、社会も変わってきていますし、卒業資格を得ているのは同じですので、もちろん通用します。むしろ“通信教育で”卒業したことを評価してくれる人も増えてきていると感じます。

  • ―入学してからの習得度でいうと、通学課程より飛躍している方もいらっしゃるかもしれません。

    柳川: そうでしょうね。はっきりいって、卒業は相当難しいですから、それを勉強してクリアしてきている人の能力は高いと思います。世の中全般にもっと評価されてもいいんじゃないかと思います。
    これから通信教育で学ぼうとする人に伝えたいのは、「大卒」という肩書きを単純に得るだけではなく、その過程でどんなことを身につけたいかを考えてほしいということ。身につけた学びこそが、はるかに重要な時代になっていくと思うので。

  • ―実際に経験された柳川さんの言葉は、説得力があります。『東大教授が教える 独学勉強法』にも書かれた、通信教育を通して身についた独学力というのは、どんなものなのでしょうか?

    柳川: 私は学問、勉強の基本は自分で考えることだと思います。
    通学課程では、授業を聞いて頭の中に入れて、それがどれだけ記憶できているかを試験で試すという形になりがちだと思うんです。でも、通信教育で勉強しようとすると、自分で考えて進んでいかざるを得ない。受身の勉強に慣れた方には大変ですが、一番力がつくステップだと思います。
    自分で考えると頭の中に残るし、きちんと消化しているので、何かに使うときにも応用がきくんです。単純に頭に入れただけだと、身にならないので、応用しようとしてもちっとも役に立たないんですよ。

  • ―通学課程の授業でも、受身中心にならないようディベートを取り入れるなどしていますが、独学だと相手がいません。そういった力はどう身につければよいのでしょうか?

    柳川: 独学でも十分ディベート力はつきますよ。本を読む時も、書いてあることをそのまま受け入れてしまうと、身につきません。書き手と対話、ディスカッション、多少喧嘩をするつもりで読むというのが、ポイントだと思います。
    そう考えると、頭の中でやりとりをするわけなので、十分にディベートの力につながると思います。それに独学といっても、誰ともコミュニケーションをとらずに勉強するということではありません。皆が集まるところに顔を出していいと思います。
    慶應の通信でも、スクーリングや慶友会の集まりに積極的に顔を出してディスカッションすることは、よいことだと思います。

課題を自分なりに考える

課題を自分なりに考える

  • ―具体的な学習方法ですが、レポートの書き方が分からず戸惑っている学生も見受けられます。柳川さんは、レポートや卒業論文を書く際にどのようにコツをつかみましたか?

    柳川: 通信のレポートを書くのは苦労しました。今みたいにネットもないし、資料も少なくて。でもそこでずいぶん力をつけさせてもらいました。ある程度の長さのレポートを丸写しではなく書こうとすると、課題を真剣に考えて、自分がどう思うかを自分の言葉で紙に落とし込んでいかなければ出来上がらない。そういった、レポートを書く上で不可欠なトレーニングを必然的にやらざるを得なかったことが、非常に役立ちました。

  • ―なるほど。

    柳川: 今は文献を簡単に検索することもできるので、資料を参考にしてまとめることもできますが、レポートの書き方がわからない人からすると、そもそもどう引用してどう組み立てればいいのか分からないんだと思うんです。それは、参考資料がある場合にも、基本的には自分のストーリーがないと組み立てようがないからです。
    だから、あまりえらそうなことや高度なことでなくていいから、課題を自分なりに考えて文章を組み立ててみる。それに何を付け足したらいいかと考えれば、イメージが多少わいてくるし、少しずつ長くなっていくのではないでしょうか。
    卒業論文については、過去の論文を読むのが一番です。私も図書館で卒論、修士、博士論文を参考にしました。

  • ―最後に、慶應通信の入学を検討されている方に向けて、メッセージをお願いします。

    柳川: 真剣に自分で勉強してみようと思った時に、慶應通信はよい環境を用意してくれていると思います。一生懸命な学生が集まっているし、教職員も積極的にサポートしている。まずはためらわずに入ってみて勉強して、よさを実感してほしいと思います。
    かまえてしまうとなかなか踏みだせないので、まずは一歩、気楽に始めましょう!

  • ―ありがとうございました。

Profile
柳川 範之 (やながわ のりゆき)

1963年生まれ。経済学博士。専門分野は金融契約、法と経済学。1988年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。1993年3月、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。同4月より慶應義塾大学経済学部専任講師。1996年東京大学大学院経済学研究科助教授。2011年12月より同教授。
著書に『独学という道もある』(2009年 ちくまプリマー新書)、『東大教授が教える 独学勉強法』(2014年 草思社)などがある。

撮影:山脇貴史、取材・構成:平良沙織

柳川 範之 (やながわ のりゆき)