山梨県「小林一三」

明治6(1873)年~昭和32(1957)年

■経歴

阪急東宝グループの創始者。

明治21年慶應義塾入学。25年卒業。

小林一三肖像

小林一三は、明治6(1873)年に山梨県韮崎の富商の家に生まれ、生まれた日が1月3日であったので一三と名づけられた。生後まもなく母を亡くし、本家に引き取られて育つ。明治21年に慶應義塾予科に入学、明治25年に卒業し、三井銀行に入社するが、明治40年、同行を退社、箕面有馬電気軌道株式会社創立の追加発起人となり、さらに専務取締役に就任すると、会社設立が失敗した場合は、損失を全部自分で引き受けることを条件に、会社の全権を与えてもらい、当時としては画期的な経営手法で、当鉄道を発展させた。

また、宝塚少女歌劇の創始、大学誘致(関西大学や関西学院大学など)などを行い、梅田ターミナル駅にデパート(阪急百貨店)を設置、野球球団(阪急ブレーブス)や球場(西宮球場)をつくるなど、電鉄を中心とする多角経営という、私鉄経営の手本を示した。また、東京には演劇と映画の会社(東宝)をつくった。

昭和32(1957)年没後、大阪府池田市に茶人としての号名を冠にした逸翁美術館が開館し、平成22(2010)年4月からは小林一三記念館となっている。

参考文献

『慶應義塾史事典』/『福澤諭吉事典』/『三田評論』2012年11月号