長野県「善光寺参り」

明治29(1896)年11月、福澤は妻の錦と長男一太郎、三男三八、長女中村里、それに加えて門下生の北川礼弼、小山完吾らを伴い信州を訪れた。
 11月6日に列車で上野を発ち、碓井峠を越え軽井沢を通って長野へ向かい、善光寺に参詣した。北川は「福澤先生の善光寺参詣」と題し、11月15日から19日まで『時事新報』に随行記を寄稿している。また小山は、信州生まれなのに善光寺を見たことがないのは無信心だと福澤に冷やかされ、小試験の欠席による落第の不安は、福澤が塾監の益田に問い合わせて大丈夫と確認して随行することになった経緯や、福澤が健啖家であり、柿剝ぎが上手であったエピソードなどを語っている(『ふだん着の福澤諭吉』)。
7日には師範学校で講演を行い、120人が集まった宴会を終えて宿舎に帰ると、越後高田から野口孝治らが出てきていて熱心に高田行を誘うので、錦と三八、里は8日に帰京し、福澤たちは高田へ足を伸ばすことになった。高田、小諸、野沢、信州新町を回り、三井紡績所を訪問し、また歓迎会に出席する等、地方在住の門下生や知人との交流を深め、11日に帰京した。

参考文献
『福澤諭吉事典』/『福澤諭吉書簡集』第8巻/『ふだん着の福澤諭吉』

北川礼弼「福澤先生の善光寺詣」
『時事新報』明治29年11月15日付

小山完吾肖像写真