香川県「林毅陸」

明治5(1872)年~昭和25(1950)年

■経歴

慶應義塾塾長。政治学者、帝国学士院会員、衆議院議員。

明治22年慶應義塾入学、25年正科卒業後、大学部文学科に進学、28年卒業。代表的著作に『欧州近世外交史』など。

林毅陸肖像写真

明治5(1872)年5月、佐賀県肥前町前田野(現唐津市)に生まれたが、33年5月、香川県の漢学者林滝三郎の養子となる。

 22年慶應義塾入学、28年大学部文学科を首席で卒業。29年予科教員、31年から33年まで普通科主任。34年義塾留学生としてフランスに留学、パリ政治学校でヨーロッパ外交史と比較憲法の研究を行う。38年帰国後、大学部政治学科教授となり、43年政治学科主任。

45年には香川県から衆議院議員に当選し、陸軍への反感や詔勅政策への反対から第3次桂内閣打倒を目指す、第1次護憲運動に加わった。以後大正9年まで香川県選出の衆議院議員として連続4回当選し、8年にはパリ平和会議、10年にはワシントン会議に出席した。

11(1922)年12月慶應義塾理事、翌12年11月から昭和8(1933)年11月までの10年間塾長を務め、10年4月学事顧問の制が設けられると同時に、それに任じて死去まで在任した。塾長在任中の功績に、日吉キャンパスの開設計画がある。8年から19年まで法学部教授。外交史の授業の上手さには定評があった。

戦後21年6月枢密顧問官に就任。そのほか帝国学士院会員、交詢社理事長、日本放送協会理事等を歴任。21年10月から25年5月までは愛知大学学長の任にあった。

25年12月17日死去。

参考文献

『慶應義塾史事典』/『慶應義塾大学法学部政治学科百年小史』

創立75年祝賀会場での林毅陸
(左は田中穂積早稲田大学総長)

開校当初の日吉キャンパス