福島県「深間内基」

弘化3(1846)年~明治34(1901)年

■経歴

翻訳家、高知立志学者英学教員(明治9~10年)宮城師範学校教員(明治12~14)

明治元(1868)年11月慶應義塾入学。

深間内基 高知市立自由民権記念館発行
『1993年度 特別展 自由の足跡』より転載

 深間内基は弘化3(1864)年、三春藩士深間内基時敬の長男として、現在の福島県三春町に生まれた。久蔵と名付けられたが、のち基と改める。

明治元(1868)年11月、22歳の時に慶應義塾に入社した。義塾で英学を学び、明治9(1867)年に、高知立志学舎に英学教育員として招かれた。立志学舎は、板垣退助・片岡健吉らによって結成された政治結社立志社が、民権思想普及のために設けた学舎で、深間内は自由民権運動の大きな影響を受けることになった。なかでも、女性が演説会に参加する様子をじかに見聞したことは、彼に女性の社会的地位に対する関心を喚起した。

東京に戻った彼は、明治11(1878)年、J.S.ミルの『The Subjection of Women』(1869年英国にて発行)を『男女同権論』の題で翻訳し、明治10年代の男女同権論争に大きな影響を与えた。

参考文献

『福澤諭吉事典』
『学問のすゝめ』
鈴木しづ子『『男女同権論』の男 深間内基と自由民権の時代』(日本経済評論社 2007年)
田崎公司「婦人束髪運動の展開 渡部鼎とその時代(その1)」『福大史学』46・47合併号、1989年

福澤家に所蔵されていたJohn Stuart Mill“The Subjection of Women”

『男女同権論』表紙