商学部 巻頭言

クリスマス気分の中での反時代的考察

十二月に入るとすっかりクリスマス気分になって、電飾で華やかに彩られた街並みに、心が浮き立つことも多いのではないだろうか。イエス・キリストの生誕祭であるクリスマスは、ローマ時代後期に太陽神ミトラスの祭典と重ねる形で定まったとされる。ミトラスの祭典は、冬至における太陽の再生を祝するものである。衰微していく太陽がまた輝きを強める転換点となる冬至には、古来から東西を問わずさまざまな行事が催されてきた。

商学部教授
白旗 優

冬至が象徴する「死と再生」という観点は、知識の習得という場面でも大切だとつねづね思っているので、以下ではそれについて記したい。ルネサンス期に代表されるように、既存のシステムを起源に戻って刷新することで、歴史を画する多くの出来事が生じてきた。また、現代の資本主義社会では、シュンペーターが「創造的破壊」と特徴づけたように、古いものを壊して新しいものを生み出す運動が推進力となっている。

近年では、知識社会に移行するに従って、職業生活を営むために要求される「スキル(知識・技能)」の水準が上がり、さらには習得したスキルが数年もすれば古びてしまうので、継続してスキルを更新していくことが必要になってきている。「成功の罠」という言葉もあるが、いまうまくいっているからといって、同じやり方を続けていると、数年後には社会の変化に対応できなくなるかもしれない。

すると大切なのは、最新の知識を学ぶこと自体ではなくて、知識の「死と再生」を良く成し遂げるための能力を培うことではないか。そうした能力を、「知的な基礎体力」と呼んでみたい。人間の知識はバラバラではなく組織化されている。私見では、新しい知識を組み込むために、古びた部分を解体して全体を再組織化する能力が、知的な基礎体力の内実であると思う。

樹木をイメージしてほしい。時が経つと葉は落ちて小枝は折れるが、幹がしっかり生育していれば、また新たな小枝が伸びて、青々と葉が繁るようになる。知的な基礎体力がしっかりしていれば、古い知識に固着してしまわないで、新しい知識を吸収できるはずだし、たいていの場合には、同じ主題に関する別の変奏曲を奏でるように自然に移行していけるだろう。

しかしながら、知的な基礎体力を育てるのはそれほど簡単ではないようにも思う。幹が年輪を刻むように、密度の高い知的作業を継続的に行うことで、ゆっくりと育てていくしかないのかもしれない。実のところ、証明を細部を埋めながらたどるとか、テキストを精密に読解するといった伝統的でいささか「反時代的」な作業こそが、知識社会に最も適った知的訓練なのではないか、と思っていたりもする。

『三色旗』2015年12月号掲載