教員紹介 文学部

教員紹介 小倉孝誠

私は近代フランスの文学と文化史を研究しています。より正確には、フランス革命以後、第一次世界大戦にいたる時期、広く言って十九世紀が対象です。この時代の文学作品、とりわけ小説を文化史的に読み解いていくというのが、私の基本的なスタンスで、その際に歴史、パリ、風景、身体、愛、ジェンダーなどを主なテーマに設定しています。
この領域で、これまで数冊の本を上梓しました。また自伝、回想録、日記など内面性を露呈する文学形式にも関心を抱いていますが、こちらはまだ研究半ばで、まとまった著作に結実していません。

通信教育課程では、スクーリング授業と卒論指導を担当してきました。スクーリングでは、フランス文学の重要なテーマである愛、歴史、パリの表象などを、具体的な作品の抜粋をコメントしながら論じています。その際に、映画のDVDや、絵画、建築の画像を見せたりします。卒論指導ではおもに十九、二十世紀の小説家(バルザック、フロベール、ゾラ、ボーヴォワールなど)に関する卒論、あるいは文学と美術の両方にまたがる領域(たとえば文学とアール・ヌーヴォー)での卒論を指導してきました。皆さん、とても立派な卒論を書いて卒業なさいました。

文学部教授
近代フランス文学史
小倉 孝誠

十九世紀といえば、日本では幕末から明治三十年代にかけての時期ですから、ずいぶん昔と思われるかもしれません。しかしフランス文学の十九世紀は、フランス文学史上もっとも輝かしい時代のひとつであるのみならず、世界文学の歴史においても燦然と輝く実り多い時代のひとつです。小説、詩、演劇、批評、自伝、旅行記、歴史叙述など、あらゆる文学ジャンルが新しい展開を見せて、現代文学につながる道を拓いたという意味において。

われわれ日本人に馴染みの深い作家が、この時代にはたくさん現れました。バルザック、フロベール、ゾラなどの小説家は全世界的な名声を博しましたし、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメなどの詩人は、各国の前衛的な詩の運動に刺激をあたえました。デュマ・フィスの戯曲(たとえば『椿姫』)が上演されれば、劇場には数多くの観客が詰めかけました。明治期の日本が西欧文学に触れた時、まっさきに翻訳されたフランス文学はモーパッサン、ジュール・ヴェルヌ、アレクサンドル・デュマの小説だったのです。学生の皆さんには、テキスト科目やスクーリングをつうじて、ぜひフランス文学の面白さに触れてほしいと思います。

読者のなかには、フランス文学で卒論を書こうとお考えのひとがいるかもしれません。その場合、具体的にどのようにテーマを見つけ、勉強を進めていけばよいのでしょうか。文学について卒論を書くのに、定まった規則があるわけではありませんので、以下に書くことはひとつの示唆としてお読みください。

フランス文学に関心をもつきっかけは、誰かの作品を読んで深く感動した、あるいは何かしら未知の世界を啓示された気がした、ということではないでしょうか。スクーリングで聞いた話や、フランス文学のレポート作成時に読んだ作品がきっかけになることもあるでしょう。

文学をよく理解するひとつの方法は、ある作家に興味を抱いたら、その作家の作品をできるだけ多く読んでみるというものです。するとその作家に繰り返し出てくるテーマ、人物像、状況があることに気づき、作家の人間観や世界観がおぼろげに垣間見えてきます。そこまで行けば、卒論を書き始める心の準備は整ったようなものです。

幸い日本では、歴史に名を残している外国の大作家については翻訳の全集、あるいはそれに近い作品集が出ています。十九世紀フランス文学に限定しても、スタンダール、サンド、フロベールなどの小説家、ボードレール、ランボー、マラルメなどの詩人、そしてあらゆるジャンルで活躍したユゴーは、主な作品がすべて立派な日本語訳で読めるのです。慶應義塾大学の図書館は立派な蔵書を誇っていますから、どうぞ活用してください。

フランス文学はしばしば、他の芸術領域と深く関わっています。たとえば十九世紀パリはオペラの中心地であり、近現代に作られたオペラはしばしばフランスの文学作品が原作です。ヴェルディの『リゴレット』と『椿姫』、ビゼーの『カルメン』、そしてプッチーニの『ラ・ボエーム』など、すべてそうです。

また絵画との関連について言えば、印象派と自然主義文学は同時代であり、ゾラの作品には印象派的な描写がたくさん見られます。モローの象徴派絵画も、同時代の文学者を触発しました。音楽家や画家が小説の作中人物として登場し、作家が音楽批評、バレエ批評、美術批評を行なったのもこの時代の特徴です。

このように文学は個別の作品だけに限られるのではなく、同時代のさまざまな芸術、文化、社会現象とつながっています。ですから展覧会やオペラや芝居を見ることによって、文学作品への新しい視点が開けることもあります。つねに好奇心を保ち、知性のアンテナを張っておくことが大事でしょう。一人でも多くの学生が、フランスとフランス文学に関心をもつようになることを願っています。