秋田県「澤木四方吉」

明治19(1886)年~昭和5(1930)年

■経歴

西洋美術史家、慶應義塾大学部文学科教授。

明治33年慶應義塾普通部に転入。著作に『美術の都』(1917年)など

澤木四方吉肖像写真

慶應義塾を、いまに続く美術史研究の重要拠点に育てた先駆者は、澤木四方吉である。明治19(1886)年に秋田県船川港村(現男鹿市)に生まれた澤木は、明治33年に普通部に転入、大学部文学科を卒業後に、普通部英語教員として採用された。明治45年、27歳の時に義塾海外留学生として渡欧。ベルリン、ミュンヘンで同時代の新しい芸術運動に接して審美学を中心に学び、美術史家ハインリヒ・ヴェルフリンによるルネサンス美術の講義を聴講した。第1次世界大戦が勃発し日本人のドイツ滞在が危険になると、同じく留学中だった小泉信三らと共にロンドンに移る。その後パリを経てフィレンツェ、ローマを拠点にイタリア美術に直接触れた。

大正5(1916)年に帰国してからは、ルネサンス美術、ギリシャ美術の研究を進め、永井荷風の後を継ぎ『三田文学』主幹も務めた。大正7年に大学部文学科において西洋美術史の講義を始め、2年後に新設された美術史科の教授に就任した。義塾のみならず、東京帝国大学でもギリシャ美術の講義を行うなど、日本における西洋美術史研究の分野に残した功績は大きい。

義塾には、100年を超える美学美術史学研究の歴史がある。1993年には慶應義塾大学アート・センターが開設され、より幅広くアートの研究と普及を推進している。

参考文献

『福澤諭吉事典』/『慶應義塾史事典』/『塾』2015年春号/『三田文学』1931年1,2月号

田中萃一郎宛澤木四方吉葉書 1915年9月28日付
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