鳥取県「山田季治」

嘉永元(1848)~大正5(1916)年

■経歴

教育者、ジャーナリスト。『ジャパンタイムズ』初代社長。福澤諭吉の妻錦の父土岐太郎八の弟松口鋿吉の三男。

青年期の山田季治氏

 嘉永元(1848)年、福澤諭吉の妻錦の父土岐太郎八の弟の三男として生まれる。幼くして父の出奔という不幸に遭い、母子共に伯父に引き取られ、その子弟と共に養育され、土岐の世話で鳥取藩士山田忠右衛門の養子となった。福澤は山田との関係を、「同人は荊妻従弟の続にて、東京に参れば拙宅を家とする程の間柄」と、妻のいとこではあるが親しい関係であると説明している。

 明治6(1873)年、鳥取県気高郡青谷村の小学校の校長となり、8年、吉川泰二郎が校長であった愛知英語学校に転じた。13年には吉川の推薦を得て三菱に入社し、日本郵船会社に29年まで在職した。

30年3月、日本で最初の本格的な英字新聞『ジャパンタイムズ』を創刊し、社長となる。その際、福澤を通じて資金を提供したのは岩崎弥之助であり、またこれに協力したのが、慶應義塾で学び当時日本一の英文ライターと評されていた頭本元貞(主筆、のち同社社長)であり、彼をはじめとする、山田を慕って鳥取の青谷小学校から愛知英学校に進学した教え子たちであった。

日本人が発行し、日本人が中心となって編集した最初の日刊英字新聞は、明治時代のジャーナリズムを先導したといわれる。同紙からは、国際交流に貢献する英字新聞を目指す山田らの気概が読み取れる。

参考文献
『福澤諭吉事典』/『福澤諭吉書簡集』第8巻/『The Japan Times 社説1897-2007
英字新聞が見た日本と世界の110年 』(ジャパンタイムズ編、2008年)

 

ジャパンタイムズ創刊号(明治30年3月22日付)

初代社長 山田季治氏