教員紹介 大串敦
法学部准教授
大串 敦
私はロシアの政治を研究していますが、こういうと、何か闇に包まれた国の秘密警察の諜報活動を調べているかのような印象を抱く人も多いようです。また、抑圧的な権力と無力な市民という善悪の図式を想定して、ソ連体制や現代のロシアに関して質問をする人も少なくありません。私の研究はそれとは異なるものです。
ソ連邦という超大国が解体する世界史的大事件に関心がありましたので、博士論文まではソ連の政治体制の中核にあったソ連共産党の崩壊過程について、党機構改革、党改革運動などに焦点を当てて分析してきました。当時、一般的には、改革を目指して努力するゴルバチョフ大統領とそれに抵抗する保守的な党官僚という善悪の図式でとらえられることが多かったのですが、党の内部文書などを多く読んでいくうちに、私自身は異なる意見を抱くようになりました。それまでのソ連体制がきわめて不効率であったことは事実ですが、曲がりなりにも機能はしていました。
ところが、ゴルバチョフの行った大規模な改革は、生産現場をはじめとした社会の様々なところで大きな問題を生み出しました。改革されるまで生産現場、さらには住民の生活全般に責任を負っていた党官僚たちにとって、これはかなりの精神的な苦痛を伴うものでした。改革の方法に対して異議を唱えようにも、共産党には中・下級党官僚の意見を吸収するメカニズムが欠如していました。畢竟、党指導部に批判的になっていき、共産党改革運動が生じますが、党改革に失敗してしまいます。党の未来に絶望した党員の大量離脱が続き、党は未曾有の危機に直面して行きます。このような過程を見ていく中で、党官僚=保守派ではなく、「上」の一存によって右往左往し、生じている事態に呆然とする党官僚の姿が浮かび上がってきました。
現代のロシア政治を観察する場合にも私が常に忘れないでおこうと思っているのは、市民的自由を抑圧するかのような政策も、少なくとも意図としては、抑圧そのものであるよりも、行政的効率の追求であることが多いということです。
このように、正邪善悪から離れて、自己を相対化して、他者の観点に立って政治を観察してみることで、実は、しばしば官僚や一部政治家が巨悪のように扱われがちな我が国の政治を考えるうえでも重要な視点を養えるのではないかと思っています。通信教育課程の皆さんと、ロシア政治について一緒に考えて、政治という営みを深く考察できる機会があればと思っています。