教員紹介 直井道生

経済学部准教授
直井 道生

経済学部准教授
直井 道生

私の専門は都市経済学です。多くの、特に専門外の人にとっては、いったい「都市」と「経済学」がどのように結びつくのかイメージしづらいかもしれません。都市経済学は、一九七〇年代ごろから応用ミクロ経済学の一分野として認知されるようになった、経済学の中でも比較的新しい学問分野ですが、一言でいうと、従来の分析の中でしばしば捨象されてきた空間的な要素を経済理論の中に取り入れる形で、都市や地域における経済活動を明らかにすることを目的に発展してきた分野です。およそすべての経済活動は、何らかの形で空間的な要素を含むため、その分析対象は、都市化や産業集積、都市計画や再開発、土地・住宅市場における価格決定や立地の問題、地域間の人口移動、交通問題、都市環境など、多岐にわたります。私は、これらの様々なトピックの中でも、特に不動産市場における家計行動や企業活動を中心に、データを用いた実証分析を行っています。本稿では、私自身の最近の研究トピックを紹介するとともに、通信教育課程での活動について述べたいと思います。

現在の研究トピックの一つは、ヘドニック・アプローチによる自然災害リスクの経済学的評価です。読者のために若干の解説をしておくと、ヘドニック・アプローチとは、一九七〇年代に米国の経済学者であるシャーウィン・ローゼンらによって提唱された、都市環境評価の手法の一種です。ヘドニック・アプローチの基本的な考え方は非常に単純で、住環境などに起因する消費者便益は、それが地域固有の要因であるがゆえに、最終的にはその地域の住宅価格や地価に帰着するというものです(資本化仮説)。例えば、市街地の再開発によって周辺の住環境が改善されたとすると、その地域の住宅需要が増加することで、その便益は最終的に不動産価格の上昇に帰着することになります。したがって、特定の住環境の便益を計測したいのであれば、住環境の異なる複数の地点での住宅価格や地価を(他の条件を一定に保って)比較し、その格差を定量的に把握することが求められます。

広い意味では、自然災害リスクも地域固有の(マイナスの)住環境の一種として捉えることができます。したがって、上記の考え方に基づけば、自然災害リスクと不動産市場における価格形成のかかわりを見ることで、その社会的なコストを計測することが可能になります。こうした分析は、住民による災害リスクの評価を明らかにするため、これらのリスクを軽減するような防災・減災対策の便益を計測することにつながります。

より具体的に、最近の分析では、特に地震発生リスクに焦点を当てて、計量経済学的な分析を行ってきました。近年では、行政や専門家による災害危険度やハザードマップ(被害予測地図)が広く公表されるようになっていますが、このような科学的知見に基づくリスク情報の提供が、家計や企業の防災・減災行動をどの程度促しているのかは、必ずしも明らかではありませんでした。

分析の結果、震度六弱以上の地震の発生確率が一%上昇することで、その地域の持ち家住宅の価格は約九・六%低くなることが分かりました。ただし、こうした影響はいつでも観察されるわけではなく、大きな地震(近隣地域での震度六弱以上の地震)が発生した直後にのみ観察されることがわかりました。したがって、家計は大規模な災害が起こった直後には、そのリスクを考慮に入れた立地選択を行うものの、時間とともにこうした影響は薄れていってしまうことを示唆しています。人間には、非常に小さいリスクを過小評価したり、場合によっては全く無視してしまうようなリスク認知バイアスがあることが知られています。この研究は、自然災害に対するリスク認知バイアスが存在することを明らかにするとともに、効果的な防災・減災対策を行うには、客観的なリスク情報を継続的に提供することが必要不可欠であることを示唆しています。

ここ数年、通信教育課程では卒論指導を担当しています。これまでに、例えば税制変更や建築法規の変更が不動産市場における取引や価格水準に与える影響を検討した卒業論文を指導しました。あくまでも個人的な印象ですが、社会人としての経験を持って入学されてくる場合が多い通信教育課程の皆さんは、学部学生と比べて、より実務に即した研究トピックを選ばれることが多いように思います。

不動産市場における取引には、純粋な経済理論では必ずしも考慮されていないさまざまな実務的・制度的な要因が存在します。こうした要因を考慮に入れた、理論と実践の双方にまたがるような研究トピックは、実務家としての経験があるわけではない私にとって、新たな発見につながることも少なくありません。その意味で、私にとっての通信教育課程は、教育や研究指導の場であるとともに、学びの場でもあります。今後もぜひ、このような「半学半教」の機会を皆さんと共有できることを楽しみにしています。

『三色旗』2015年4月号掲載

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