教員紹介 佐川徹

文学部助教
佐川 徹

文学部助教
佐川 徹

わたしが専攻している文化人類学は、ふたつの大きな目的をもった学問分野です。ひとつは、「他者」や「異文化」の理解をとおして、人間がどれほど多様な生活様式をつくりあげてきたのか、またその多様性を超えて人間が普遍的にもつ特性とはなんであるのかを探ることです。もうひとつは、「他者」や「異文化」を鏡とすることで、「わたし」や「われわれ」が当たり前だと考えている価値観を相対化し、より広い視野から自分たちの生きる世界や時代のあり方を問いなおすことです。「わたし」や「われわれ」がもつ想像力には限界がありますが、「他者」や「異文化」が有する視点を取りいれることで、想像力の幅が大きく広がるからです。

「他者」や「異文化」とは、「わたし」や「われわれ」が自明としているルールが当てはまらない対象です。そのような対象を理解しようとする際に、わたしたちは自分たちのものの見方に基づいてその行動や論理を解釈することで、ステレオタイプ的な評価をくだしてしまいがちです。この傾向に対して、人類学が「他者」や「異文化」をより適切に理解するために編みだしてきた方法がフィールドワーク(実地調査)です。フィールドワークとは、「他者」が生活をしている現場へ研究者自身が出向き、人びとの生活に長期にわたって参与しながら、調査をすすめる方法のことです。この現場での濃密な経験をとおして、その地域の社会の特徴や文化のあり方を「内側から」理解する可能性が開かれると考え、人類学者は世界各地のフィールドに日々出向いているのです。

私もアフリカ大陸の北東部に位置するエチオピアにくらす遊牧民のもとで、二〇〇一年からフィールドワークを続けてきました。ケニアや南スーダンとの国境付近という国家の最辺境に位置するこの地域では、集団間の紛争が長年続いてきました。遊牧民とは家畜に依存して遊動的な生活を送る人びとですが、紛争は彼らのくらしに不可欠な家畜の争奪をめぐって発生します。紛争や平和に関する研究は、戦いが発生する客観的条件をマクロな政治経済要因から分析する政治学や国際関係論が主導してきました。それに対して私は、人はなぜ他人に対して暴力をふるうことができるのか、なぜその暴力が集団規模で行使されて戦いが起きるのか、戦いが終わったあとにいかに敵集団とのあいだに平和を回復することができるのか、といった問いに対する答えを、実際に戦いを経験した人びとへの聞き取りやその生活の観察にもとづいて明らかにしてきました。またその調査から得られた知見をもとに、地域に平和が定着するためにはいかなる政策的取り組みがなされる必要があるのかも考えてきました。

最近では、グローバル化や大規模開発事業が地域社会に与える影響にも注目しています。二十一世紀に入りアフリカは急速な経済成長を遂げており、「最後の大型市場」として世界から大きな注目を集めています。この経済成長が、庶民の生活を改善している側面があることはたしかなのですが、辺境の社会で人びとと生活をともにしていると、経済成長がもたらす否定的な側面がより多く目に入ってきます。私の調査地では、この十年のあいだに国内外の大型資本が経営する大規模プランテーションが次々と完成し、いまでは輸出用のトウモロコシや綿花が栽培されています。その土地をもともと放牧地や居住地として利用していた遊牧民は、適切な説明と補償を受けることがないままに強制的な退居を迫られました。地域住民の生活を無視したこのような開発事業がなぜ進められてしまうのか、またこの理不尽な状況に直面した地域住民がどのように生活を再編しようとしているのか、というのが、私が現在もっともつよく関心を抱いている調査テーマです。

私は通信教育課程において卒論指導を担当しています。文化人類学に関心のある学生のみなさんにお伝えしたいのは、人類学的な視点と方法は教室で授業を受けたり家で本を読んだりするだけで身に付くものではないということです(もちろん授業も読書も必要です)。みずから身体を動かして現場へ向かい、自分自身の五感を動員して集めてきたデータを出発点として、自分が生きる世界のあり方やものの考え方を根源的に問い直すことこそが、人類学の目指すところだからです。また人類学の調査対象は、日本から物理的に遠く離れた場所(たとえばアフリカ)に限定されるものではないことも強調しておきます。私たちが日常生活を送る空間から地続きの場所にも、多くの「他者」や「異文化」が存在しているからです。たとえば私の現在の学部ゼミ生は、卒論のテーマとして東京の劇団の組織動態や在日外国人の共同生活などを選び、それぞれの現場でフィールドワークを進めています。文化人類学に関係した卒論を執筆したいと考えておられる方には、まずはフィールドに飛びこみ、「他者」や「異文化」に自己の身をさらす経験をしていただければと思います。

『三色旗』2015年4月号掲載

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