教員紹介 長倉大輔

経済学部教授
長倉 大輔

経済学部教授
長倉 大輔

私は「計量経済学」と呼ばれる分野において研究を行っています。計量経済学というのは経済やファイナンスデータの統計的な分析方法の開発、およびそれらを実際のデータに用いて分析することを主な目的としています。経済のデータには、家計や企業のデータ、いわゆるミクロデータと呼ばれるものや、失業率や国内総生産、株価や為替などのマクロやファイナンスデータ等、様々なデータがあります。それらのデータには固有の問題があり、それらに対してうまく対応しないと間違った分析結果を得る可能性があります。計量経済学はそのような問題にうまく対応するための方法論として、現在も活発に発展してきています。また新しい分析手法を開発することによって今まで分析ができなかったような問題も分析できるようになります。

計量経済学と共に私が専門としているのは「時系列分析」と呼ばれる分野です。その中でも特に経済やファイナンスデータの分析手法の開発について研究しています。時系列分析というのは、時系列データ(時間の経過とともに観測されるデータ)を扱う分野で、マクロやファイナンスのデータはほとんどが時系列データです。横断面データ(ある時点における多数の主体のデータ)と違い時系列データは観測される順番に大きな意味があります。通常、横断面データではデータの順番を入れかえて分析を行っても分析結果に違いは生じませんが、時系列データではデータの順番を入れかえてしまうと分析結果が大きく変わる可能性があります。この分野で私が行った研究の一つとして、いわゆる「自己回帰モデル」と呼ばれる時系列モデル(これは時系列分析に頻繁に登場する代表的なモデルです)についてその係数が時間を通じて安定的かどうか(この言い方は少しあいまいで不正確ですが)という問題を検証するための統計的な手法を開発しました。マクロやファイナンス変数の動きは時系列モデルで記述され、それらによって変数の将来の値や政策効果の予測や分析を行う場合、それらの変数の動きや関係性を記述するモデルが安定的かどうかというのは重要な問題です。経済やファイナンスのモデルというのは人々の選好や行動パターンを反映していると考えられますが、もしそれらが制度変更の影響などによって時間を通じて変化する場合、経済モデルの安定性が十分保たれない可能性があります。その場合どうなるかというと(不)安定性を考慮しないモデルを用いた予測や分析結果はあてになりません(というとオーバーですが)将来の予測は当たらないわ、想定と違うことが起こるわで、困ったことになってしまいます。

このような問題は自然科学ではあまり起こらないので考慮する必要のない問題でしょう。例えば重力加速度が(経度や標高などによって変化するかもしれませんが)時間を通じて変化することはないからです(専門外なのでわかりませんが、多分)。しかし経済のモデルでは制度の変更や技術の発達などによって経済変数間の関係性が時間を通じて変わる可能性があり、それがモデルを不安定にさせる要因になりえます。このような問題の解決策としては、そのような変化に対しても安定的なモデルの開発や、もしくは(これは本質的には同じことですが)そのような変化を織り込んだ、つまりそれらの変化によってどのようにモデルが変化するのかも想定してモデルを開発する、などが考えられますが、これは言うほど簡単ではありません。

またファイナンスデータの分析においてはリスクの計測というのが私の研究テーマの一つになっています。将来の金融資産の価格について最悪どれくらい落ち込むのかなどを予測するのに有用な研究です。このような研究は金融資産のリスク管理において重要です。リスクを測る指標には様々なものがありますが、例えば、そのうちの一つは銀行の自己資本比率の決定などに使用されています。リスクというのは目に見えないものなので、それらの測定にはデータを用いて統計的に推定する必要があります。

今日ではデータの入手が容易になり、統計ソフトやパソコンの発達とともに、誰もが気軽に経済データの統計分析をすることができるようになりました。しかしながらそれとともに間違った統計手法を用いた分析や、ひどい場合は意図的に不適切な統計分析を行い自分達の都合のいい分析結果を導き出すような分析も多く見られるようになってきたのは何とも皮肉な話です。一般の方は驚かれるかもしれませんが、いわゆる「研究者」と呼ばれる人たちでも間違ったもしくは適切でない統計分析手法を用いて分析を行っていることがままあります。私のゼミでは学生達が自分達の興味のあるテーマについて書かれた論文を探してきて発表するということをしているのですが、上記のような論文を学生たちが見つけてきて発表する場合も多く、そのような場合は、非常に脱力感に襲われます(もちろんこれは学生達に問題があるのではなく、適切な分析を行っていないその論文の著者に問題があるのですが)。学生の方々には是非、計量経済学を勉強し、経済データの分析を正しく行えるように、また(意図的か意図せずかはわかりませんが)不適切な統計手法を用いている分析を見抜けるようになってほしいと思っています。

『三色旗』2015年8月号掲載

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