教員紹介 烏谷昌幸

法学部准教授
烏谷 昌幸

法学部准教授
烏谷 昌幸

わたしの専門分野は、政治コミュニケーション研究と呼ばれる分野です。政治学、社会学、コミュニケーション論、メディア論、ジャーナリズム論などの領域が交錯する学際的な分野です(この分野の詳細を知りたい人は法学部・大石裕教授の『政治コミュニケーション│理論と分析』〔勁草書房、一九九八年〕をご一読下さい)。

政治コミュニケーション研究やマス・コミュニケーション論は、二〇世紀の二度の世界大戦の経験を通じて米国で発展したものです。二度の大戦はいずれも国力の全てを投入して戦われた総力戦であったために、国民を動員するための大規模な説得コミュニケーションが組織化され、その成果に関する研究もまた大いに進んだのです。

その後、「説得」という特定の文脈を超えて、現代社会における「メディアと政治」の深い相互浸透がもたらす意味を幅広く究明する学問分野として政治コミュニケーション研究は発展を遂げてきました。とりわけ、「SNSが中東の民主化を促進」といった新しいメディアの登場が劇的な政治変動と結びつくような場合や、「バラク・オバマがテレビとネットを使った巧みな選挙戦術で大統領選を制した」などの新しいメディア戦略や規制技術などが考案されて先例の無い成功を収めるとき、「メディアと政治」はホットな話題として注目を集め、そのたびに政治コミュニケーション研究は賑わいをみせてきました。

こうした例を並べてみると、政治コミュニケーション研究はひたすら新しい事例ばかりを追い続けているようにもみえますが、わたし自身が行ってきた研究はどちらかというと戦後日本の政治社会に対する検討が中心でした。過去の社会問題に関する新聞の特集記事やテレビ・ドキュメンタリー、ノンフィクション作品などを読み込みながら、リベラル・デモクラシーが定着していく戦後日本社会の中でこうしたジャーナリズム(=同時代を記録、批評し、それらの成果を社会的に共有しようとする活動のこと)がどんな役割を担ってきたのかを検討してきました。

ここ数年はとりわけ福島原発事故の影響もあって、戦後日本の原子力政策とジャーナリズムの関わりについて歴史的な検証作業を積重ねてきました。被爆国の日本がなぜこれほどまでの原発大国になり得たのか? 新聞やテレビは原発をどのように描いてきたのか? 原発問題を描いたルポルタージュやドキュメンタリー映画の力作がどのような問題意識と方法によって生み出されたのか? こうした素朴な疑問から検証作業を始めて、政治コミュニケーション研究の立場から独自の貢献を行うべく、原子力政策の正当性を支える社会的条件がどのように歴史的に変化してきたのか、その中でジャーナリズムがどのような役割を果たしてきたのかを研究し、その成果をまとめているところです。

この分野の面白さであり同時に難しさでもあるのが、メディアやジャーナリズムに関わる現象、問題を様々な政治理論や社会理論を用いて解釈していく試みです。メディア分析、ジャーナリズム分析は単独の研究分野として独立しているわけではなく、既存の政治学、社会学、コミュニケーション論などの学問的土台の上に初めて成り立つものです。したがって、もしこの分野に関連するテーマで勉強を進めていこうとするのであれば、「メディア」「ジャーナリズム」関連書籍本ばかりではなく、必ず政治学、社会学、社会心理学など近接する研究分野の本を幅広く読むよう努めて欲しいと思います。

実際のところ、どれだけ熱心に新聞記事だけを読んでも、テレビニュースの映像だけを長時間視聴しても研究は前に進みません。わたしの研究事例でいえば、一九五〇年代の新聞記事には原子力の「平和利用」という言葉が頻出しますが、その言葉が担う政治的正当化機能について考えるためには、政治言語や政治的象徴に関する政治学の既存の研究成果を踏まえて考える必要があります。また広島、長崎の原爆被害の記憶がこの「平和利用」という言葉の意味にどのように投影されているのかを知ろうとするのであれば、社会学における社会的記憶の研究を参照するのが良いかもしれません。

異なる研究分野を横断しながら独自に編集作業を行うことは、大変困難なことではありますが、まだ誰も行っていない理論と理論の関連付け、新しい理論による既存概念の読み換えの試みなどは実は非常に楽しい作業です。学際的研究分野である政治コミュニケーション研究のそうした楽しさを知る人が少しでも増えて頂ければ嬉しいです。

さて、本年度から通信教育課程の卒業論文指導を担当することになりました。まだ始まったばかりなので、どのような研究テーマが出てくるのかまるで予想できませんが、社会問題に関心をもった人であればどんなテーマでも歓迎です。逆にコミュニケーション論やメディア論は間口が広く、経営学の分野などとも緊密なつながりがありますが、わたし自身は広告やマーケティングの問題について普段ほとんど時間を割いて勉強することがありませんので、卒論指導の担当をお探しになるときには、この点ご注意頂ければと思います。

『三色旗』2015年8月号掲載

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