教員紹介 加藤伸吾

経済学部専任講師
加藤 伸吾

経済学部専任講師
加藤 伸吾

皆さんはじめまして、経済学部でスペイン語と関連授業を担当している加藤伸吾と申します。

専門分野はスペイン現代史です。特にスペインのナショナリズム、一九七〇年代スペイン民主化における政治の「言葉遣い」、加えて、スペイン内戦(一九三六〜一九三九年)とフランコ独裁体制(一九三六〜一九七五年)を背景とした、現代のスペインにおける歴史認識問題を対象としています。

このような研究・教育活動に入るきっかけのひとつは、大学でスペイン語専攻の学科に入ってすぐの十九歳の時。一九九六年のスペイン総選挙は、それまで十五年の長きにわたった社会労働党政権が右派の国民党に敗れた、一時代を画するものでした。年齢がバレますが、それを観光旅行でたまたま首都のマドリードにいて見たのです。七七・三八%という日本に比して高い投票率、そして現地はそれ以上の大変な盛り上がりを見せていたことに衝撃を受けました。また、現在の日本で、例えば総選挙に勝った政党の党首が「日本万歳!」などと絶叫したら恐らく小さからぬ問題になるはずですが、国民党総裁は勝利宣言の演説を、何のてらいもなく「ビバ・エスパーニャ!(スペイン万歳!)」と締め括りました。これも驚愕でした。

「スペイン万歳!」が当たり前とされるスペインで、では「スペイン国民」のみが国民や民族かといえば、現在のカタルーニャにおける独立機運を見れば、そうではないことが明らかです。日本でこのような事態はなかなか想像しづらいでしょう。例えば、北海道・東北・北陸 ……などの各地方の「分離独立」を現実的なものとして想像できるでしょうか。

ではなぜ、スペインではそれが問題になるのか。歴史にその鍵があります。立石博高ほか編『スペインの歴史』は私の学生時代から現在まで、スペイン史研究のスタンダードとなっています。フアン・ソペーニャ『スペインを解く鍵』は学生時代に何度も読みました。より専門的なものでは立石博高・中塚次郎編『スペインにおける国家と地域-ナショナリズムの相克』があります。

大学卒業後は大学院の国際関係論専攻に進み、このスペインにおけるナショナリズムの問題をさらに突き詰めたいと考えました。しかし、ひねくれ者の筆者は、カタルーニャなど当時研究者の間で注目を集めていた地域ではなく、あえてスペインという「中央」のナショナリズムをテーマとして選びました。地域ナショナリズムが強い中、なぜ中央のスペイン・ナショナリズムが生き残ったのかに興味が湧いたのです。逆に大学院に進学した前年の一九九八年は、スペインが新興の米国に大敗する米西戦争一〇〇周年でした。敗戦により、「スペインとは何か」という問いを追求した知識人たちがスペインで台頭します。彼らが、近代スペインにおけるナショナリズムの重要な担い手でした。修士論文では、それら知識人でも特に代表的なミゲル・デ・ウナムーノと、その次の世代、日本でも『大衆の反逆』で著名なホセ・オルテガ・イ・ガセー(ガセット)を研究対象としました。

この二人のテクストの多くは、法政大学出版局『ウナムーノ著作集』、白水社『オルテガ著作集』に収録の見事な日本語訳で読めますが、可能であれば原語で読むこともお勧めします。ぜひこの二人の知識人の息遣いを、時に音読などもしながら感じ取っていただきたいものです。

修士号取得後はしばらく会社勤めでしたが、じっくりと文献を読み、様々な人と対話しながら一つの問いを突き詰める楽しさが忘れられず、学問の世界へ戻るチャンスを窺っていたところ、二〇〇六年、スペインの日本大使館でスペイン現代政治の分析を任務とする、専門調査員の職を運よく得ることができました。

実はこの間、筆者も通信教育の学生をしていました。いわゆる九時五時の仕事(スペインは二時間半のシエスタを挟んで「九時八時半」でしたが)と並行して、スペインの国立遠隔教育大学(UNED)の博士課程に在籍しました。

二〇〇八年は現行憲法制定三〇周年にあたります。そこでは憲法とそれに至るまでの民主化が、内戦と独裁を経て「和解」したスペイン国民が達成した「合意」の成果として賞揚されていました。これも、現在の日本の憲法論議において持ち出される「憲法は米国の押し付け」との言説とは実に対照的です。これに興味を持ち、博士課程から帰国後現在までの研究テーマとしています。スペイン憲法制定に至るまでの民主化における「合意」という言葉が、新聞や雑誌のオピニオン欄においていかなる脈絡と意味で使われるか。そのうちどれが支配的か、その様々な言葉とその意味の間の「勢力関係」がどのように変遷したか。また、その変動の背後に、スペイン政治・社会のどのような変動が読み取れるかを研究しています。政治における言葉の問題を扱ったものとして、日本が対象ですが石田雄『日本の政治と言葉』(上下巻)を挙げておきます。また、スペイン語ですが 筆者は今年度着任でまだ通信教育課程の担当ではありませんが、近いうち皆さんとの出会いを楽しみにしています。S. Juliá, Historias de las dos Españasは、十九世紀以降のスペインで頻出の「二つのスペイン」という言い回しを軸に、フランコ独裁終了までのスペイン史を扱った約六〇〇ページの大作ですが、含蓄に富み、厳格にして優雅かつリズミカルな文体で、取り組む価値があります。

通信教育課程の多くの皆さんは、他に何らかの本業を抱えておいででしょう。無茶は禁物ですが、時間と体力を効率よく使いたいものです。筆者も博士課程学生時代は、勤務終了後と土日を使ってのゼミ論文執筆には辛いものがありました。しかし、銀行員と学者の二足のわらじを履いて、社会学者として大成したアルフレート・シュッツを思い起こし、自分を励ましました(無論彼には遠く及びません)。文献を読むインプットに比して、アウトプットとなる卒論の量は微々たるものです。焦らず計画的に、かつなるべく多くの文献に当たりたいものです。文献の読み方など研究の進め方では、岩崎美紀子『「知」の方法論 ― 論文トレーニング』、東郷雄二『文科系必修研究生活術』が参考になります。

筆者は今年度着任でまだ通信教育課程の担当ではありませんが、近いうち皆さんとの出会いを楽しみにしています。

『三色旗』2016年2月号掲載

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