民主主義の根幹は学問にある

商学部教授
中島 隆信

商学部教授
中島 隆信

 二〇一六年は〝選挙〞の年だった。七月には参議院選挙と東京都知事選挙があった。世界に目を転じると、六月にイギリスでEU離脱をめぐる国民投票があり、十二月にはアメリカ大統領選挙の結果が明らかとなる。

 選挙は民主主義の根幹だ。若者の政治参加の意欲を高めようと十八歳以上に選挙権が与えられるようになったのは今年からである。その一方で、〝ポピュリズム〞という言葉も頻繁に聞かれるようになった。日本語では〝大衆主義〞と訳されるが、最近では〝反理性的な大衆に迎合した政治姿勢〞という意味で用いられることも多いようである。

 実際、EU離脱が決まった後に、イギリス国民の多くが検索エンジンのグーグルで「EU離脱の意味は何か?」を調べたという。つまり、投票した人たち自身、離脱によって自国経済はもちろんのこと、世界経済がどれだけの影響を受けるのかよくわかっていなかったのだ。この事実は、民主主義という政治システムを採用している多くの国に強烈なメッセージを送った。すなわち、最も民主的と思われる国民投票が実は〝危険な手法〞だったということである。はたしてそうだろうか。

 『「決め方」の経済学—「みんなの意見のまとめ方」を科学する』を著した坂井豊貴氏は「国民投票が危険だというのは包丁が危険だというのと同じこと」だと指摘する。切れ味鋭い道具も使い方を間違えればとんでもないものを切ってしまうことになる。そして、一度切ってしまえばもう元には戻らない。つまり、国民投票のような〝高度な政治手段〞が効力を発揮するためには、使い手である政治家や有権者にそれ相当の力量が必要とされるのだ。

 ひるがえって日本はどうだろう。憲法改正など今後の日本の進むべき道を左右する重要事項が政治的な決定プロセスの俎上に載りつつある。私たちには民主主義の手法に従ってこうした課題に取り組むだけの力量が備わっているだろうか。「難しいことはよくわからない」と目を背けてはいないだろうか。実は、そうした態度がどれだけ危険なことかについて、今から一四〇年以上も前に福澤諭吉が『学問のすゝめ』の中で次のように述べている。

  愚民には厳しい政府、良民には良い政府ができるという理屈である。
  人民が無学になれば政府の法律も一段と厳重になる一方、人民が皆学問に勤しみ物事の理を知れば政府もより寛大になる。

 ようするに、政治を良くするのは国民が学問を修めているかどうかにかかっているのだ。少なくとも慶應義塾の塾生である以上、後世の人たちから「あのときの政治は〝ポピュリズム〞だった」などと批判されないように振る舞わなければならないだろう。

『三色旗』2016年12月号掲載

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