教員紹介 大濱しのぶ

法学部教授
大濱 しのぶ

法学部教授
大濱 しのぶ

私の専門分野は、民事訴訟法(民事手続法)です。民事訴訟法は、広い意味では、民事手続法、すなわち民事紛争を解決するための手続に関する法を意味します。民事紛争とは、貸金・代金や損害賠償の支払、不動産の登記や明渡し、離婚や遺産相続をめぐる紛争のような私人間の生活(財産・家族)に関する紛争のことです。民事紛争を解決するための手続の典型は、判決という形式の裁判により権利の存否を確定する手続で、これを判決手続といいます。狭い意味の民事訴訟法は、この判決手続に関するものです。民事訴訟法というと、普通は、この狭い意味の民事訴訟法を指し、民事訴訟法という名称の法律も、判決手続について定めています。一方、民事手続法は、判決手続のみならず、様々な民事紛争解決手続に関する法を含みます。たとえば、強制執行等の権利実現手続に関する民事執行法、仮差押え・仮処分と呼ばれる権利保全手続に関する民事保全法、家族に関する事件(家事事件)について審判(家事審判)と呼ばれる裁判や調停(家事調停)による解決手続を定める家事事件手続法、民事調停法や仲裁法、倒産処理手続に関する破産法や民事再生法は、民事手続法に属します。

なお、民事訴訟法という法律は、現在は、判決手続のみを定めていますが、元々は、強制執行や仮差押え・仮処分、仲裁等についても併せて定めており、一〇〇〇条を超える大部の法律でした。その後、強制執行の部分は民事執行法に、仮差押え・仮処分の部分は民事保全法に、仲裁の部分は仲裁法に、というように分割され、スリム化されました。

上述のことからわかるように、民事手続法の領域は、大変広いのですが、私の研究テーマは、民事執行法(一六七条の一五・一六七条の一六・一七二条・一七三条)に規定されている「間接強制」という制度です。民事執行法は、昭和五四年に制定された法律で、民事訴訟法の中の強制執行の部分のほか、競売法で規定されていた担保権実行手続等を統合し、執行手続(権利実現手続)の現代化を図ったものです。間接強制は、強制執行の一種で、元々、民事訴訟法の強制執行の部分に規定されており、履行強制に関する民法四一四条とも関連の深い制度です。民事執行法を勉強していなくとも、民法の債権総論を勉強する際に、債権の効力のところで、間接強制について学んだ方もいるでしょう。

間接強制は、裁判所が、債務者に対し、不履行一日につき金○○万円を債権者に支払え等と命じて、債務者に心理的圧迫を加え、債務者自身に債務を履行させるものです。たとえば、近年、諫早湾干拓事業の開門調査をめぐり、国に対し、開門を命じる裁判(判決)と開門を禁じる裁判(仮処分命令)があり、相反する内容の二つの裁判に基づき、国に対し間接強制が命じられ、それぞれの間接強制の許否が問題になった事件があり、最高裁(平成二七年一月二二日の二つの決定)は、いずれの間接強制も許されるとしました。この事件を記憶されている方もあろうかと思います。間接強制の利用件数は少ないのですが、社会的に注目される事件も少なくなく、核燃料サイクル開発機構(現在の日本原子力研究開発機構)に対して、ウラン残土(ウラン鉱石の採取の際に生じた土砂)の撤去につき間接強制が命じられたケース、東京都日の出町のごみ焼却場に関する情報開示をめぐる事件で間接強制が命じられたケースもあります。また、家事事件の中で近年急増している面会交流事件でも、間接強制が用いられるようになっており、一定の絞りをかけながらこの実務を追認する最高裁の判断(平成二五年三月二八日の三つの決定)も出ています。

日本の民事手続法は、一般に、ドイツ法の影響を強く受けていますが、間接強制についてはフランスのアストラントという制度がモデルとなっています。そこで、私は、間接強制の研究として、まず、アストラントを手掛かりに、日本とフランスの制度の比較法的研究を始めました。この比較法的研究は、一応の区切りがついたので、現在のところは、上述のような日本の間接強制の裁判例を通して、研究を進めています。もっとも、最近、フランスの執行法の翻訳の仕事をする機会があり、アストラントを含め、フランスの執行法に再び関心が芽生えています。なお、間接強制に関する私の研究の経緯等に関しては、最近、三田評論に拙文を寄稿しましたので、もし御覧頂ければ幸いです(「間接強制雑感」三田評論二〇一六年一〇月号四八頁)。

ところで、私が研究者の道を曲がりなりにも歩んでくることができたのは、石川明先生(慶應義塾大学法学部名誉教授)という素晴らしい恩師にめぐり会うことができたからです。私は、石川先生の下で勉強した後、長らく関西におり、複数の大学を経て、二〇一五年四月にこの母校に着任しましたが、石川先生は、同年六月に亡くなられました。石川先生は、塾を愛し、社中という言葉を大切にされ、何より、学問の前における平等を実践された方でした。到底及びもつかない偉大な先生ですが、幾ばくなりとも、石川先生に近づくことができるよう、精進したいと思う次第です。

『三色旗』2017年2月号掲載

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