教員紹介 川村文重

商学部専任講師
川村 文重

商学部専任講師
川村 文重

十八世紀フランス文学と思想史を専門にしている私は、現在ルネサンスから十八世紀末のフランス革命までの間に〈エネルギー〉の語義がどのように変容してきたかを辿ることによって、当時の思想潮流を具体的に明らかにするという研究に取り組んでいます。

エネルギーはドイツ語由来の言葉です。この語から現代のわれわれがまず思い浮かべるのは、太陽光・水力・地力・原子力などといった生活や産業システムを支える動力資源でしょう。その一方で、「あの人はエネルギーに満ちている」と言う時、このエネルギーは気力・活力・精力を表します。このように、エネルギーという言葉は科学テクノロジーと人間精神の作用の両方に関わっています。

この語の語源は古代ギリシアのエネルゲイアで、作用・仕事を意味する名詞ergonと〈〜の状態に〉を意味する接頭辞en-から成り、〈活動性〉を意味していました。従来のエネルギー概念史では、仕事量や動力源という物理学エネルギーの語義が十九世紀に加わるまで、自然学的語義が不在だったとしています。しかし、歴史的に空白とされたルネサンスから十八世紀までの自然学の著作の中に、エネルギーの語が動力源とは別の、物質に内在する作用力という意味で使用されていたことが確認できます。

一方、人文学のエネルギー概念史によりますと、この語はことばのイメージ喚起力を表す修辞学用語として、これまた古代ギリシア以来存在していました。十八世紀後半には、自然と人間に通底する力動性を表す鍵概念となり、さらには世紀末のフランス革命期に一大流行語となってゆきます。この語義の生成は、ルネサンスから十八世紀の間に形成されてきた、物質内部にみなぎる力としてのエネルギーの語意と何らかの関わりがあると考えられます。この連関が明らかになれば、科学史と人文学史によるエネルギー概念形成史を統合することが可能になると期待できます。

このように、私の研究テーマがエネルギーという語を介して自然知と人文知をつなぐことを目的としていることから分かりますように、その根底には文系・理系の区分を取り払い、両者を交流させるという一貫した問題関心があります。そもそも十九世紀以降に専門分化が進むまでは、自然学と人文学の境界は明確ではありませんでした。しかし現代に至って、人文科学と自然科学の断絶は危機的状況を迎えています。細々とではありますが、両者を分野横断的につなげていく試みを続けていきたいと考えています。

さて、私の研究遍歴は紆余曲折を経てきました。振り返れば、私自身が主体的に研究を方向づけてきたと言うよりは、研究自体が現実社会・歴史世界・文字テクストからなる世界を含む広大な世界へと私を誘い、私という人間を作ってきたと言った方が正確でしょう。

サン=テグジュペリ著『星の王子さま』にこんな美しい一節があります。王子さまと出会ったキツネが、仲良くなることとは〈つながり〉を作ることだと言います。さらに、相手の不在時にはその存在を連想させる〈つながり〉―例えば、王子さまの金髪の巻き毛を想わせる黄金色の麦畑や麦畑を吹き渡る風―に親しみを感じることの素晴らしさについて語ります。キツネが語っているのは心と心の絆についてですが、研究という営みもまた、世界の中に様々な〈つながり〉を作り出すことであり、それによって世界は茫漠とした場所ではなくなり、自分なりの世界観を築くことに通じるのだと思われます。

以上を踏まえ、通信生の皆さんに、学習・研究の構えとして心がけるべき三点をお伝えします。研究は〈つながり〉作りだと言いましたが、独りよがりな〈つながり〉は、アカデミックな場においては慎むべきです。あくまでも伝達可能で、説得力のある〈つながり〉を結ばなくてはなりません。そのためには、研究作業から抽出した考えが合理的であり、かつ客観性を保っているかを厳しくチェックするもうひとりの私、言い換えればツッコミの存在が不可欠です。腕のよい相方を自身の中に養ってください。ひいてはそれが精度の高い研究につながるはずです。

しかし、一体どうすれば独自の研究テーマを見つけることができるのでしょうか。往々にして、直接的に関係がないもの同士の思いがけない〈つながり〉の発見がテーマ設定につながるということがあります。ありとあらゆることがネタの宝庫になりうるわけです。ただし、ぼんやり待っていては〈つながり〉は向こうからやってきてくれません。それを見つけるのは自分次第です。刮目して〈つながり〉を摑んでください。

私の担当科目である語学学習に関して、外国語を駆使するということは、日本語を機械的に翻訳することではありません。日本語という安全圏に閉じこもっていては真の意味で外国語を理解することは難しいでしょう。母語と異なる世界に飛び込むということは、自明だと思われていたことが通用しない困惑を体験することであり、言ってみれば馴れ合いの世界を解体することでもあります。それを面白がる姿勢で外国語学習に取り組んでください。

最後になりましたが、二〇一七年度から通信教育課程のフランス語添削を担当いたします。通信生の皆さんと〈つながり〉を作ることを楽しみにしています。

『三色旗』2017年2月号掲載

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