教員紹介 中川真知子

経済学部専任講師
中川 真知子

経済学部専任講師
中川 真知子

 経済学部でフランス語を担当しています。これまで二十世紀にフランスで展開した文学と思想とに関心を持ち、研究してきました。

 皆さんが通信教育部で学ぼうと決めたとき、そこには、何らかの思いがあったのだと想像します。それは、学問とはその対象への「ひっかかり」につきると思うからです。私が「ひっかかり」を感じたのは、言葉の世界でした。

 そもそも「文学」とは何でしょうか。この語はまず、小説や詩といった、創造された作品を指しますが、同時にそうした作品を研究する学問をも含みます。対象と、対象へのまなざしとを二つながら内包する単語であると言えます。

 一般に「フランス文学」という名のもとにまとめられる領域では、伝統的に創作と概念的思考とがわかちがたく結びついています。たとえばモンテーニュ、パスカル、ヴォルテール、ユゴーの名をあげてみても、彼らの作品を現代の基準にそって文学だ思想だと、単純に分類することは難しいでしょう。激動の二十世紀に活動した作家たち、サルトルやカミュの作品は、哲学・文学の垣根を越えて広く読まれています。危機の時代にあって、こうした作家たちは精神を研ぎすましていきました。

 私が特に関心をいだく、ジョルジュ・バタイユも、その作品系列においてフィクションと理論とを切り離すことができない、そうした作家のひとりです。その個人史をふり返れば、生前は図書館司書を務めつつ雑誌の発行に携わり、四十代で初めて実名の著書を出版しますが、広く知られることはありませんでした。ようやく死後に「テル・ケル」などの文学者のグループやジャック・デリダ、ミシェル・フーコー、ジャン=リュック・ナンシーといった思想家たちに参照されることによって、名前を残すことになりました。ニーチェや同時代の思想家に触発されつつ、キリスト教とヘーゲルに代表される形而上学という、西洋世界を支える巨大な体系を破ろうとしたバタイユの、人間をまるごと描こうとする仕事は、さまざまな分野を横断しつつ、フィクションにもおよびました。良識を侵犯する、いびつで暗い作風から、「呪われた作家」というイメージがつきまといますが、これまで世界の、特に日本の研究者たちの優れた研究成果によって、この作家の射程の広さはつとに明らかになっています。

 素晴らしい研究がすでに数多く存在するなか、私は作品が「どのように書かれたのか」という点にこだわりました。そのための方法のひとつとして、作家の草稿を調べています。そうすると研究の目的とは必ずしも関わりのないところで面白い発見があるのです。たとえば語られる内容は破天荒なのに、書き損じや省略のない几帳面な文字、あるいは語句の校正においての有能ぶり、そうかと思うと突然あらわれる買い物のための覚書、本からの引用を集めた頁に記された、感情のほとばしる走り書き‥‥‥。そうした生のテキストの細部は、思いもかけない仕方で、作品との距離のとり方を教えてくれるようです。あるいは作品中で、語り手が自らを落伍者と独白する、日本語の語感からするとどう読んでも陰鬱な一節を、フランスの人たちに見せたところ、一様に大笑いし、そこに「黒いユーモア」があることに気づかされ驚いたこともありました。

 このような研究はひとりで続けるもので、おのずからそこにかける時間が長いのですが、ある先生から、勉強は孤独な作業かもしれないが、あなたはひとりではないのだ、と言われたことがあります。これは、同じような「ひっかかり」のもとに勉学を続ける人たちがいて、あなたもそのうちのひとりである、ということでしょう。それに加えて、テキストと向き合うことそのものがすでに他者との出会いなのではないかと私は考えています。

 皆さんは「本に呼ばれた」経験はありませんか。今はインターネットで目当ての本を簡単に入手することができ、大変便利になりました。けれどもそうではなくて、本屋や図書館で書棚の前をうろうろしていると、まったく知らなかった本が目にとびこんでくる。あるいは教科書を読んでいたら、どうしても気になる箇所がある。これは知らず知らずのうちに皆さんの「ひっかかり」が本の作り手や教科書の書き手と共鳴した証拠なのではないでしょうか。

 これまで夏期スクーリングと夜間スクーリングの「フランス語」を担当させていただきました。真夏の日吉キャンパスで、秋深まる三田キャンパスで、新しい語学への集中力と熱意のつまった一〇五分間は、私にとって忘れ難い時間です。語学を独習する道には困難も多いと思いますが、一方、語学を身につけるために、独習はおそらく一生欠かせません。ある段階で自分にあった方法とリズムとを編み出すことができればこちらのものです。またインターネット上には音源があふれています。ご存じの通り、NHKの語学講座が今ではインターネットで聞くことができます。本物の素材をフランス語で聞きたい方には、すでに馴染みのある内容を選ぶのがおすすめです。たとえば、NHKWorldは国内外のニュースをフランス語で発信しています。あるいはディズニー映画やジブリ映画には、フランス語版が存在します。このようにDVDやインターネットやポッドキャストなどをフル活用し、楽しみながら長く勉強を続けてください。

『三色旗』2017年4月号掲載

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